宮城大弥の家族構成は?極貧時代の泣けるエピソードまとめ

オリックス・バファローズのエース左腕として活躍する 宮城大弥(みやぎ・ひろや)選手

実はその背後には、幼い頃の極貧生活と支えてくれた家族の物語がありました。

2023年にはテレビ番組でも涙のエピソードが紹介され、心打たれた人も多いはずです。

そんな宮城選手が、このたび 地元・沖縄出身の恋人と結婚したことでも話題に。

今回は努力と家族愛について、生い立ちから現在までをまとめました!

目次

宮城大弥の幼少期は、貧しいけれど温かい家庭

引用元:日テレ

宮城大弥選手は 沖縄県宜野湾市 出身。

幼い頃は家族4人で 6畳一間のアパート暮らし をしていたといいます。

その部屋は冷蔵庫が外に置かれ、電気やガス、水道のいずれかが止められることもあり、家族全員が横になれないほど狭かったそうです。

妹の弥生さんは、テレビ番組『深イイ話 3時間SP』で…

「暑い日は涼むためだけにスーパーに行っていました」

と、極貧生活時代を振り返りながらも、家族で支え合っていた日々を語っています。

宮城大弥の泣けるエピソード集

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妹の弥生さんと(引用元:日刊スポーツ)

① 野球をやめかけた少年時代

宮城選手は、家庭が貧しかったこともあり、
「野球を続けていいのか分からなくなった時期」があったそうです。

グローブやスパイクも簡単に買えず、周囲の家庭と比べてしまい、気持ちが折れかけたことも。

それでも母親は

「やりたいなら続けなさい。応援するから」

と一度も夢を否定しなかったそうです。

この言葉が、宮城選手の人生を大きく変えたんですね!

② お金がなくても「弱音を吐かなかった母」

母・礼子さんは、家計が苦しくても子どもたちの前では決して愚痴を言わなかったそうです。

宮城選手は後にこう語っています。

「母が一番つらかったはずなのに、それを全然見せなかった」

大人になってから「あの時、母はどれだけ我慢していたんだろう」と気づき、胸が締めつけられたそうです・・・

③ 妹・弥生さんの「兄を守る言葉」

『深イイ話』で印象的だったのが、妹・弥生さんの発言。

「兄は昔から、家族を明るくしようとしてくれた」

家が苦しい時でも、兄として 空気を重くしないよう冗談を言っていた宮城少年。

弥生さんは「実は兄が一番我慢していたと思う」と涙ながらに語りました。

④ プロ初勝利で一番に思い浮かんだのは「家族」

プロ入り後、初勝利を挙げた試合。

ヒーローインタビューで真っ先に名前を出したのが 母と家族 でした。

「ここまで育ててくれた家族に感謝したい」

派手な言葉はなくても、ずっと心の中心に家族がいることが伝わる瞬間でした。

https://www.nikkansports.com/entertainment/news/img/202305210000669-w500_0.jpg
妹の弥生さん(引用元:日刊スポーツ)

宮城選手の野球経歴まとめ

引用元:読売新聞

宮城選手は、沖縄県出身の左腕投手。

少年時代から野球を始め、着実にステップアップしてきました。

少年〜高校時代

  • 小学生の頃から野球を始める
  • 興南高校(沖縄)に進学
  • 高校時代はエースとして活躍し、全国大会にも出場
  • 制球力の高さと冷静なマウンドさばきが評価される

プロ入り

  • 2019年ドラフト1位でオリックス・バファローズに入団
  • 入団当初から将来のエース候補として注目される

プロ野球での活躍

  • 2021年:新人王を受賞
  • チームのリーグ優勝・日本一に貢献
  • 先発ローテーションの柱として定着

日本代表

  • 2023年WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)に出場
  • 若くして世界一メンバーの一員に

現在(2025〜2026年時点)

  • 将来的なメジャー挑戦も期待されている
  • オリックス・バファローズ所属
  • 球界を代表する左腕投手の一人として活躍中

同郷・沖縄の恋人と結婚

宮城選手は2025年12月末頃、同じ沖縄出身・同い年の一般女性と婚姻届を提出し、結婚しました。

  • お相手は沖縄出身の一般女性
  • 高校時代から知り合い、自然と関係が深まった
  • 明るい性格と笑顔が宮城選手を支えている

宮城選手は結婚について、

「優しくて包んでくれるような人。いつも笑顔が楽しい」

とコメントしており、家庭でも支え合っていく決意を語っています。

プロポーズしたときは、マウンドでも感じたことのない、ふわふわした緊張感だったそうですよ!

まとめ

宮城大弥選手の人生は、決して裕福ではありませんでした。

そんな中で、大好きな野球を家族の支えを受けて打ち込みました。

プロ野球という舞台で結果を出す原動力になったことは、家族の支えがあったからに違いありません。

そして今、その心の支えは、同郷の愛するパートナーへ・・・

素敵ですね!

これからの活躍もますます期待しています。

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