ファッション評論家として知られるピーコさん(本名:杉浦克昭さん)が、2024年9月に敗血症による多臓器不全で亡くなられたことが発表されました。
この報道がなされたのは、彼の死から約一ヶ月後の10月20日。
四十九日の法要を機に発表したと考えられます。
ピーコさんといえば、おすぎさんとの双子タレントとしてお茶の間に親しまれてきた一方で、晩年には「老老介護」や認知症による困難な状況が報じられました。
ピーコさんの認知症は、どのような症状だったのでしょうか?

ピーコの認知症が引き起こした出来事
おすぎさんが「死んだ」と発言
2023年の初め、ピーコさんはインタビューで「おすぎは死んだ」「お骨になって帰ってきた」と話していたそうです。
しかし、実際にはおすぎさんは健在で、この発言はピーコさんの妄想によるものだったと考えられています。
認知症が進行すると、現実と妄想の境界が曖昧になり、記憶や出来事を混同することが増えてきます。
ピーコさんも、現実を正しく認識できない状態が続いていたと見られています。
万引きによる逮捕事件
2023年3月25日、ピーコさんは横浜市内の店で万引きをし、逮捕されました。
認知症の影響により、彼は商品を持ち出したことに気づいておらず、支払いは済んでいると思い込んでいたようです。
実際には、クレジットカードが停止されていたため、支払いができていなかったとのことです。
これは、判断力が低下し、日常生活の中で間違った行動を取ってしまうことが原因だと考えれます。
ピーコさんは、店側が以前から不審な行動を把握していたため、最終的に警察に通報されました。
行方不明騒動
ピーコさんの晩年に起きた代表的な出来事の一つが、2023年4月に報じられた「行方不明騒動」です。
ピーコさんが行方不明と報じられた際、彼の自宅は「もぬけの殻」状態で、エアコンやテレビがつけっぱなしのままでした。
これにより、近隣住民や警察が騒ぎになり、ピーコさんの失踪が報じられる結果となりました。
横浜市内の自宅から姿を消し、家族や関係者、近隣住民の間で彼の安否が心配されました。
その後、警察が介入し、ピーコさんの安否が確認されました。
ピーコさんは、生活が自立困難な状態に達していたようです。
ピーコとおすぎが別々の施設に入所した理由は?
一方、双子の弟であるおすぎさんは、ピーコさんより先に認知症を患っていました。
二人が別々の施設に入所することになった経緯について、詳しく見ていきましょう。
おすぎの認知症がひどく、一緒に暮らせなくなった
おすぎさんが2021年頃から認知症の初期症状を示し始めたことが、すべての始まりでした。
物忘れが激しくなり、集中力が散漫になるなどの症状が見られ、ひとりでの生活が難しくなっていきました。
このため、弟を支える形で、ピーコさんはおすぎさんとの同居を決意しました。
しかし、同居が始まると予想以上におすぎさんの症状は進行し、日常生活に支障をきたすようになりました。
これに対し、ピーコさん自身もまた認知症の兆候が現れており、精神的にも肉体的にも負担が増していきます。
感情のコントロールが難しくなり、弟に対してイライラを募らせることが多くなりました。
そこでピーコさんは、最終的におすぎさんを認知症患者のための施設に入所させる決断をします。
この決断はピーコさんにとって非常に苦渋の選択でした。
弟を手放すような形になったことは、彼にとって大きな後悔の一つでもありましたが、一方で「これ以上一緒に過ごすことでおすぎさんを傷つけてしまう」という思いからのものでした。
50年ぶりの兄弟同居でしたが、約3か月で終焉を迎えてしまいました。
ピーコは「罪悪感」を感じていた
おすぎさんが施設に入所してから、ピーコさんは自宅で静かな生活を送り始めました。
しかし、時間が経つにつれて、弟を施設に預けたことへの罪悪感に苛まれるようになります。
「もっと自分が頑張るべきだったのではないか」と自問自答を繰り返し、その思いは日を追うごとに強くなっていきました。
特に辛いのは、認知症が進行するにつれ、ピーコさん自身もおすぎさんの存在を思い出せない日が増えてきたことです。
弟の居場所を忘れてしまうことが、面会の機会を減らし、さらには兄弟の絆を少しずつ薄れさせていきました。
最終的に、兄弟は別々の施設で暮らすこととなり、かつての二人の関係は大きく変わっていったのです。
ピーコさんの訃報 世間の反応は?
まとめ
今回の記事では、ピーコさんの認知症がどのような症状だったのかをまとめました。
双子の弟、おすぎさんも認知症を患い、ピーコさんが亡くなったことを認識していません。
鋭い批評家として知られた彼が、晩年には認知症の進行とともに様々な困難を経験し、その影響で世間を騒がせる出来事もありました。
しかしピーコさんが日本のファッション界やメディアに残した影響は変わることなく、彼の業績が評価され続けるでしょう。